2024年08月27日
1.企業経営をするなら、「法律」についても勉強を
前回に続き、知っておくべき「裁判」「司法の現実」について、お話ししていきます。
トラブルが起きたときに、最後の拠り所になるのは、「裁判」「法律」です。経営者は、たくさんの契約を締結していくことになります。今回は、意外と質問の多い「印鑑を押すことの意味」について、スポットを当てます。
2.「契約書」と「印鑑」
(1)契約書、覚書、念書…
一般的に、契約を締結する際には「契約書」を作るというのは知られていると思います。ただ、法律の一般論からすれば、「契約は口頭でも成立する」というのが原則です。もっとも、口約束だけであれば、あとから「ああだった。」「いや、こうだった。」と揉めるので、口約束だけでなく書面を作って、お互いの約束を残しておこうというのが、「契約書」です。
お互いの約束、合意を書面化しておくものが「契約書」ですので、「覚書」「念書」等、タイトルが異なっても、お互いの約束を書面化したものは、広い意味で「契約書」と言えます。
(2)契約書に印鑑を押すのは?
紙に印鑑を押すという「印鑑主義」とでも言う日本の慣行は、単なる慣習ではなく、法的な意味合いがあります。
契約書があれば、争いになっても、書いてある内容で揉めることのほうが一般的だと思います。「こういう条件のもと、この条項は作られている。」等々。ですが、「契約書」が存在していたとしても、「偽造された。」「勝手に作られた。」という争いが起きることも多々あります。印鑑については、この偽造したという主張を封じるために、法的に意味のある事柄なのです。
(3)文書の「成立の真正」
裁判で文書が証拠として提出された場合、「誰が」「いつ」作成した文書なのかという点を明らかにして、審理が進められていきます。当然ですが、裁判と関係ありそうな事柄でも、全く無関係の人が作成したものは意味がありませんし、仮に、内容はどちらかに有利不利に働きそうでも、そもそも偽造されたものであれば、裁判の基礎にしてはいけないことになります。そのため、誰の作成名義によるものなのかという点を確定していくことを、「文書の成立の真正」という言葉で表したりします。
(文書の成立)
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
(4)署名または押印による「推定」
そして、民事訴訟法上、以下のように、「署名=サイン」または「印鑑による押印」がある場合には、書面が、そのサインまたは押印した人の名義で確かに作られたものだと「推定する」という法律上の規定があります。
(文書の成立)
第二百二十八条
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
法律上の「推定」には、条文ごとに意味合いが異なり、深堀りするとかなり複雑になりますので、端的に言いますと、この228条4項の「推定」は認められると、ほとんど覆らない「推定」です。サインや押印が正しくとも、「白紙の紙にサイン・押印していたところ、文書が書き加えられた。」や、「サイン・押印したときには、10万円の契約だったのに、ゼロが書き加えられ1000万円の契約にされた。」などという主張は理論的に考えられるのですが、ほとんど認められません。
すなわち、「Aさんが、サインまたは押印した以上、その文書の内容について理解して、Aさんが作成したものだ」と推定≒決まっていくのです。
(5)なぜ、署名(サイン)でなく、印鑑なのか?
「Aさんのサインまたは押印」があれば、上記のように、文書について理解して作成したことが推定されてしまいますが、そもそも、「AさんのサインをBさんが真似て、偽造した。」とか、「Aさんの印鑑をBさんが勝手に盗用して、ハンコを押した。」などの主張は、先ほどの推定の話とは別に問題が浮上します。
この場合、「署名又は押印」と、サインもハンコも同じ効力を法律上与えられているのですが、その真偽を判定するための立証の難易度がサインとハンコでは異なってきます。サインは「筆跡」という、不確かなものを鑑定作業によって調べて、審議していかなければなりませんが、「押印」についてはハンコの形が一致するか否かを判定していけばよいので、サインよりもハンコのほうが判定は楽なのです。とはいっても、ハンコでも、「勝手に押された。」「ハンコを勝手に作成された。」などという争いは頻繁に起きますし、最近は技術も発達してハンコの偽造も容易になっているようで、ハンコであっても、争いが生じることは多々あります。
サインで一回揉めると、ほぼ筆跡鑑定作業が必要で、コストと時間がかかるので、契約実務では、「ハンコによる押印」が必要とされているのです。
3.実印・認印・印鑑登録証明…
今回は、やや理論的なお話しになりましたが、印鑑についての結論を最後にまとめます。
①一番確実なのは、「印鑑登録証明書」+「実印」+「署名」
②次に、「印鑑登録証明書」+「実印」+「記名(サインでなく印刷)」
③その次は、「実印」+「署名」
④そして、「実印」+「記名(印刷)」
⑤認印+署名、等々
概ね、このように理解いただければ良いかと思います。本来、「署名(サイン)」も法的には、かなり強い効力が認められているものの、立証の難しさから、ハンコ優先の慣習が成立しているように思います。
4.まとめ
今回は、「印鑑を押すことの意味」についてお話ししました。
「契約」というのはスピードが必要な場面もありますが、まずは「押印の基本」を押さえておく必要があると思います。また、そのようなバランスまで考えて、契約・覚書を締結しなければならない場面では、複雑な法的判断が必要なケースも多いと思いますので、早期に、相談だけでも弁護士に行っておくと良いと思います。