2025年06月26日
建築工事の契約書、つい「ひな形どおり」で済ませていませんか?
数千万円、数億円といった大型請負契約において、実は“ちょっとした工夫”で印紙税を大きく節約できるケースがあります。
「契約書は正本・副本を2通作るもの」
「契約変更が出たら、また契約書を作ればいい」
そんな常識が、知らず知らずのうちに数万円〜数十万円の印紙代コストを生んでいるかもしれません。
本記事では、建設業の実務でありがちな「印紙のムダ」を防ぐ3つの視点から、印紙税の節約術を弁護士が解説します。
印紙税とは? 建築工事契約との関係
まず前提として、建設工事に関する契約書(請負契約書)は、印紙税法別表第一第2号文書に該当します。
契約金額が大きくなればなるほど、課税される印紙額も増加します。
たとえば――
・1億円超5億円以下の工事契約:6万円
・5億円超10億円以下:16万円
・10億円超:32万円
2通作れば倍額、契約変更ごとに再作成すれば更に加算されていきます。
ここに潜む「節約の余地」が、実務的には見落とされがちなのです。
※上記記載は、「令和6年4月1日現在法令等」を前提に、国税庁ホームページより引用
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7108.htm
節約術1|「相手方保管分はコピー」にすれば、印紙税は1通分でOK
契約書は通常、発注者・受注者それぞれが1通ずつ保管するのが通例です。
しかし、両方とも“原本”扱いにすると、各通に印紙を貼る必要があります。
この印紙代、実は「一方をコピーにする」だけで半分に減額可能になることがあります。少なくとも現時点の実務的には、原本1通、写し1通ですと、原本のみ印紙代が発生するという運用で、概ね実務上問題のない運用だと言われています。
ただ、国税庁のホームページによれば、以下のように一見矛盾するような記載がなされています。
「写し、副本、謄本と表示された文書であっても、契約の成立を証明する目的で作成されるものは印紙税の課税対象となります。
(2)正本などと相違ないこと、または写し、副本、謄本等であることなどの契約当事者の証明のあるもの」
と写しであっても、印紙税が発生するような記載がある一方で、
「契約書の正本を複写機でコピーしただけのもので、上記のような署名もしくは押印または証明のないものは、単なる写しにすぎませんから、課税対象とはなりません。」
と、写しだと印紙税が発生しないとの記載があります。
「契約当事者の証明のあるもの」というのが抽象的なので、かみ砕いてお話しすると、法的には、「写しであっても、原本相当の効力をもつ」という扱いをする文書を作成することができるのですね。そういう場合は、原本と同等なので、印紙税が発生するよ、単純なコピーなら印紙税発生しないよ、という整理なので、特に税務署の記載が矛盾するわけではないのです。
ポイント
・原本1通+写し(コピー)1通で対応する
・コピー側には印紙不要
-
契約書の法的効力は、署名押印のある写しでも証明可能です。では、写しと原本どれぐらいの違いがあるのか? ですが、ほぼほぼ同じ効力ではあるのですが、改ざんや偽造の可能性もあるため、 原本よりも証明力は落ちてしまうという側面もあると言わざるを得ません。
節約術2|電子契約なら「印紙代ゼロ」に
さらに印紙コストを根本から削減したい場合は、電子契約の導入が有効です。
印紙税法では、「紙に作成された課税文書」が対象です。
つまり、PDF等で作成・保存される電子契約には少なくとも現在は印紙がかからないのです。
メリット
・1億円の契約でも印紙代0円
・作成・署名の即時化により業務効率もアップ
・証拠性や改ざん防止も担保されており、法的にも有効(電子署名法)
※クラウドサイン、DocuSignなどの電子契約サービスを導入すれば、印紙代・郵送代・保管コストまで削減できます。
この点は、少なくとも(令和7年)現在はこの通りなのですが、筆者としては税務署が将来的に立場を変える可能性もあるのではないかとは懸念しております。
おそらく現在は「電子署名及び認証業務に関する法律」いわゆる電子署名法の成立により、電子契約が推進されている部分もあり、国としても、「ハンコ文化から電子契約へ」を推奨している段階だと思います。そのため、「電子契約なら印紙税なし」と優遇されていますが、今後、税務署の態度が変わる可能性がある、ということに留意しておいていただければと思います。
また、細かなお話をお伝えさせていただくと、下記の民事訴訟法228条4項の推定をするために、基本的に「署名捺印(ハンコと署名)」が要求されてきたのが、日本のハンコ文化の根本です。今でも不動産・金融機関はハンコです。
【民事訴訟法】
(文書の成立)
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
ですが、近年電子署名法が施行されたため、以下のように、「電子署名」がなされることによって、民訴228条4項の推定と同じ効力が認められるようになりました。よって、電子署名で契約できていれば、民法・民訴上の要請もクリアしており、基本的に紙のハンコの契約書と効力が変わらず問題ないと言えるでしょう。
【電子署名法】
第二章 電磁的記録の真正な成立の推定
第三条 電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。
節約術3|契約金額の変更時は、「変更契約書にも印紙が必要」 対策は?
建築工事では、工事途中で仕様や金額が変更になることがよくあります。
この場合――
「変更契約書」を紙で交わすと、再度印紙税が発生する可能性がある点に注意が必要です。
よくある誤解
・「元の契約に印紙を貼っているから、変更契約は不要でしょ?」
▷ いいえ、増額を伴う変更契約は“新たな契約書”とみなされます。
節約のコツ:
・変更契約も電子契約にしておく
・複数回の変更が想定される場合は「変更方法を契約書内にあらかじめ明記」しておく(例:メール合意でOKなど)
変更契約での印紙税を避けるには、予防的な契約設計がカギになります。
相談すべきタイミング|「数万円の節約」で済まないリスクも
印紙税の節約は、単にコスト削減だけでなく、契約の有効性や証明力にも関わる重要論点です。
たとえば、
・契約書を一通しか作らなかったため、トラブル時に相手方が「そんな契約は知らない」と主張してきた
・電子契約を導入したが、運用ルールが曖昧で後から「無効だ」と言われた
こうした事態を避けるためにも、印紙税の扱いや契約書の形式に迷ったら、弁護士へ事前相談がおすすめです。
まとめ|印紙税の節約は“工事の規模”が大きいほど効果も大
◆ 契約書を紙で交わす場合、「原本+コピー」方式で印紙税を半額に
◆ 電子契約を使えば、1億円の契約でも印紙税ゼロ
◆ 変更契約時は印紙税が再発生するため、「予防的設計」や「覚書対応」も重要
建築工事契約は、契約書1通あたりの影響額が大きいため、正確な知識と戦略的な運用が求められます。
当事務所では、建設業界に詳しい弁護士が、実務に即した契約設計・印紙税のアドバイスを行っております。印紙代の節約はもちろん、契約トラブルの予防にもつながりますので、ぜひお気軽にご相談ください。
【弁護士の一言】
顧問先企業をはじめ、企業関係者からよくあるご相談のため、印紙代の節約方法をまとめてみました。
少なくとも、令和7年現在、本記事の実務が通用していますが、今後、税務署の態度が変更される可能性は頭の片隅においてもよいかなと思います。
また、基本的に写しであっても、それが原因で揉める可能性は低いと考えていますが、写しにすることでトラブルがあっては本末転倒です。そのため、ややこしい契約、トラブルになりそうな相手方であれば、印紙代節約よりも、法的安定性を重視するという視点も忘れないでいただきたいと思います。
【文責:弁護士 山村 暢彦】