2024年04月26日
会社経営者(以下、「使用者」といいます)にとって、不況の影響や雇った労働者の能力不足等の様々な理由で、労働者の賃金引下げを検討する必要がある場面にも直面するでしょう。最近で言えば新型コロナウイルスによる蔓延防止措置で、飲食業界では思うように売上を上げることが出来なくなった時期もありました。この措置により、従前通り従業員に給料を支払えなくなった使用者は多いと思います。
そこで、新型コロナウイルスによる業績不振を理由に労働者の同意を得ることなく給与を下げた事例(以下、「本件事例」といいます)を考えてみましょう。
【賃金を下げるために、就業規則を変更したい!!】
「経営者であれば、従業員の給与は自由に決められるはずだ」、と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、一度、雇用契約と就業規則で給与を定めた場合、使用者が勝手にその給与より低い額に給与を変更することは認められないのが原則です。基本的に労働者からの同意が必要ということになります(労働契約法9条)。そして、使用者が行いがちなミスとして、同意があれば下げてもよいと、賃金を引き下げたい労働者と交渉を行い、労働者から個別的に同意を得て(=同意書や労働条件変更合意書の締結)、賃金を下げることがあります。しかし、同意があっても就業規則には最低基準効があり、使用者が賃金を下げたいからといって、翌月からいきなり就業規則で定められている給料より少ない額を支払うというのは同法12条に反することになります。また、労働者が真摯に同意したとはいえない場合も同様であると考えていいでしょう。
基本的に使用者と労働者との労働契約の内容は就業規則に記載されている通りに行われているため、労働者の賃金を下げるための方法として、その就業規則を変更しなければなりません。では、使用者は就業規則を変更して労働者の給与を下げることができるのでしょうか。
【就業規則の不利益変更についての裁判例】
ここで、裁判例を検討してみましょう。
①「労働者の賃金を下げる」という就業規則の変更は労働者に不利な変更になることから、このような就業規則の不利益変更について労働者の合意がある場合はどうでしょうか。
(1)山梨県民信用組合事件(最判平28・2・19)
A組合とY組合が合併するにあたり、存続組合であるY組合と元A組合の労働者が退職金支給基準についての就業規則の変更に同意したところ、退職金が0円になってしまった事案です。
この事案では、労働者が同意する場面で退職金が0円になる可能性が高くなること、Y組合の退職金に比して著しく均衡を欠く結果となることや支給の際に生じる具体的な不利益が、労働者に対して説明されていませんでした。
(2)この事案では、合意により労働者に生じる不利益を労働者側が本当に理解して、就業規則の変更に合意したといえるかどうかを問題にしているといえるでしょう。
(3)裁判所は、「労働者が不利益について真に理解して同意したとはいえず、違法」と判断しています。
②もし、同意のない不利益変更であったとしても、同法10条の要件を満たせば可能です(同法9条ただし書)。そこで、前述と同様に裁判例を基に考えてみましょう。
(1)みちのく銀行事件(最判平12・9・7)
自社の定年制を60歳から55歳に変更したという事案です。
(2)55歳で定年になるということは、その後に働いたとしても今までの給料より少なくなるといくことになります。もともと60歳までは働こうと考えていた人にとっては55歳から60歳までの5年間の給料が少なくなるということになってしまいます。また、年金が60歳から貰えるとすれば、5年間食い扶持がなくなってしまいます。そうすると、その人たちにとっては不利益な変更といえるでしょう。
(3)この事案では、社員が受ける不利益がそのときの状況に応じてどうしようもないものであったかどうかを問題にしているといえるでしょう。
(4)これを基に、上記の事案では「違法」としています。
【本件事例の検討】
では今回の、新型コロナウイルスによる業績不振を理由に労働者の同意を得ることなく給与を下げた事例を検討していきます。
(1)本件事例の場合、形式的にですら労働者の同意はありません。そのため、みちのく銀行事件の判断基準で検討することになります。
(2)山梨県民信用組合事件のように同意がある事案ですら、就業規則を不利益に変更することは難しいといえます。
しかし、新型コロナウイルスという、誰にも予測できない事態による業績不振は防ぎようがなく、使用者も通常は業績改善に向けて何らかの努力をしているはずなので、適法になる可能性もあるでしょう。これに対し、「業績不振」という理由で、使用者が改善に向けて全く努力をしていない場合や、事実上特定の部署の社員を狙い撃ちして賃金をカットしたような場合であれば、違法になる可能性もあります。
【就業規則の法律問題で困った場合にはご相談を!】
労働者の賃金をカットしたい等により、就業規則を変更することができるのか、どうか、について解説しました。
就業規則の変更については、裁判例にある通り、ケースバイケースにならざるを得ない点も多くあります。安易に就業規則を変更してしまうと、トラブルが発生する可能性も考えられます。
お困りの際は、労働問題に強い弁護士に相談するなどをご検討ください。
【弁護士の一言】
今回の賃下げ等の労働条件の不利益変更の場面での怖さは、「必要な書類を取っていた」のにもかかわらず、裁判で、後からひっくり返される危険性があるという点です。そのため、webのひな形や書籍などを頼りに手続を進めてしまうと、しっぺ返しを受けてしまうケースもあります。
労働問題に対応する顧問弁護士などに、「前提となる状況、不利益変更の内容、同意書の書式、不利益変更の説明・手続の流れ」などのアドバイスを受け、二人三脚で慎重に進めていく必要があると思います。
【監修:弁護士法人山村法律事務所】