2024年05月13日
【労働者を解雇したい!】
1 会社にとって問題社員がいた場合、会社としては、解雇したいと考えるでしょう。会社の売上に損害を与えるだけでなく、社内の秩序を乱しかねません。
例えば、放送事業を営むY社でアナウンサーとして勤務していたXがいたとしましょう。Xは自分が出演するはずのニュースが放送される日に寝坊してしまい、Y社はニュースを5分間放送できませんでした。Xが寝坊したのは、Y社ではXのマネージャーが先に起きてアナウンサーを起こすことになっていたにもかかわらず、マネージャーも寝坊してしまい、Xを起こすことができなかったというものでした。この寝坊についてXは直前に同じようなミスをしていたことから、上司に虚偽の報告書を提出してしまいました。この場合にY社はXを解雇することができるでしょうか。
2 民法621条1項には期間の定めのない雇用の場合にはいつでも解雇ができる旨規定されています。しかし、解雇は労働者の生活に重大な影響を及ぼすため、使用者の解雇権には大幅な制約が課されています。それが解雇権濫用法理(労働契約法16条)というものです。今回は解雇権濫用法理について、裁判例とともに解説していきます。
【解雇権濫用法理】
1 労働契約法16条を見ると、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」(条文引用)には解雇できないと規定されています。簡単に言えば、客観的に見て不合理な解雇はできないということです。
2 それでは、裁判例を見てみましょう。
(1)ブルームバーグ・エル・ピー事件(東京高判平成25年4月24日)
ア 事案の概要
Y社は世界126ヶ所にオフィスを置く、経済金融情報を提供する通信社でした。その会社に勤務するXは、Y社に一般の中途採用社員として雇用されたが、能力不足を理由に解雇されました。そこで、Xがこの解雇は無効であると主張した事案です。
イ 判旨
裁判所は、一般論として、解雇が認められるかどうかは、労働者に求められている職務能力の内容を検討した上で、諸事情を総合考慮して決定すべきであるとしました。
その上で、このY社においては労働者の採用選考上、特色あるビジネスモデル等に応じた格別の基準を設定したり、試用期間中においても格別の審査・指導等の対応を行う等の措置は講じていないと認められるとしました。また、Y社の業務は、社会通念上一般的に中途採用の記者職種限定の従業員に求められる水準以上の能力が要求されているとは認められない。
以上から、解雇は認められないとしました。
ウ 解説
この裁判例では、記者で雇われたとして、その人が記者の業務をこなすことができなかったとしてもすぐ解雇はできず、まずは教育する。それでダメなら配転や出向により違う仕事に就かせてあげる。それでもダメなら初めて解雇にできる。このように、解雇するためには他にその労働者が能力を発揮できる職務を探してあげてどうしても仕事ができないとなった場合に初めて解雇できるという構図になっています。
(2)フォード事件(東京地判昭和57年2月25日)
ア 事案の概要
Xは、外資系自動車会社であるY社の最上級管理職の一つである人事本部長として雇用され、その会社で勤務してきましたが、その会社の就業規則の「業務又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当」の条項に該当するとして解雇されたました。そこで、Xが雇用契約上の地位確認及び未払賃金の支払等を求めた事案です。
イ 判旨
裁判所は、XとY社の雇用契約は、人事本部長という職務上の地位を特定した雇用契約であり、Y社はXの特段の能力を期待して中途採用したという特殊なものと認定しました。その上で、この雇用契約の特殊性に鑑みれば、Xの執務態度は、Y社の期待した人事部長としては「業務又は能率が極めて悪く、引き続き勤務が不適当」の条項に該当するとしました。
そして、裁判所は、XとY社の雇用契約が、人事本部長という地位を特定した雇用契約であるところからすると、Y社としてはXを他の職種や人事本部長より下位の職位に配置換えしなければならないものではないと認定しました。また、裁判所は、Xの業務の履行又は能率が極めて悪いといえるか否かの判断も、人事本部長という地位に要求された業務の履行又は能率がどうかという基準で検討すれば足りるとしました。
以上から、解雇は認められるとしました。
ウ 解説
この裁判例では、ブルームバーグ・エル・ピー事件と異なり、XはY社にヘッドハンチングという形で中途入社しました。そのため、XはY社にとって即戦力になるはずでした。Xは、特定の職務に就くことを目的として採用されているため、特に他の仕事に就かせる必要はないと判断されました。また、Xは、この事情以外にも規則違反等目立った行為をしていたるため解雇は可能であるという判断がなされました。
【本件事例の結論】
Xはマネージャーが起こしてくれなかったことが原因で遅刻してしまっており、過失があったことは否めないが、Xだけの問題とは言えませんね。また、放送できなかったのも5分間にすぎず空白時間が長時間とはいえません。さらに、上司への虚偽報告も短期間で同じようなミスをしていたことに鑑みれば虚偽の程度にもよりますが、業務に支障がない程度であればやむを得ないといえます。
しかし、Xの普段の勤務態度が悪かったり、報告の虚偽の程度が大きい、Xが前日に飲酒しておりX自身の過失が大きかったりする等の事情があれば解雇が可能であるといえる可能性もあります。
【労働者の解雇に困った場合には、相談を!】
労働者を解雇することは、上記事例のとおり非常に難しい問題といえます。
お困りの際は、労働問題に強い弁護士に相談する等専門家を頼るべきといえるでしょう。
【監修:弁護士法人山村法律事務所】