【弁護士が解説】「下請法」が「中小受託取引適正化法」に!2026年1月施行の改正ポイントと企業実務への影響

2025年11月12日

202611日、「下請法」は「中小受託取引適正化法(取適法)」へと名称を改め、内容も大きく変わります。
この改正は、単なる名称変更ではありません。原材料費や人件費の上昇が続く中、中小企業が正当に価格転嫁できる環境を整えるため、取引ルールを抜本的に見直すものです。製造業やIT業だけでなく、物流分野も新たに対象となり、より幅広い業種に影響を及ぼします。本記事では、弁護士が最新改正のポイントをわかりやすく整理し、企業が今から準備すべき実務対応を解説します。

 

1章 法律名称と目的の変更

今回の改正では、法律の正式名称が「下請代金支払遅延等防止法」から、
製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」へと改められます。
通称も「下請法」から「中小受託取引適正化法(取適法)」へ変更され、取引関係をより対等で公正なもの
にするという姿勢が明確に示されました。

従来の「下請」という言葉には、弱い立場の事業者という印象がありましたが、改正後は「委託事業者」「中小受託事業者」といった中立的な用語が用いられます。背景には、近年の原材料費・エネルギー費・人件費の高騰により、コスト上昇分を取引価格に反映できずに苦しむ中小企業が増えている現状があります。
こうした状況を是正し、適正な価格転嫁を促すことが改正の最大の目的です。
つまり、名称変更は呼び方の刷新にとどまらず、公正な取引ルールを再構築するための象徴的な一歩なのです。

2章 適用範囲の拡大

改正の大きな特徴の一つが、保護対象となる取引の範囲拡大です。
これまでの下請法では、資本金の大小によって対象が決まっていましたが、今回の改正で「従業員数基準」が新たに導入されます。
例えば、製造や修理などの委託取引では、発注側が
従業員300人超、受注側が300人以下の企業であれば対象となります。
また、情報成果物作成や役務提供などの場合は、発注側100人超、受注側100人以下が基準となります。
この変更により、資本金が小さいが実質的には大規模な企業や、これまで下請法の対象外だった事業者も新たに保護の対象に加わります。

さらに、注目すべきは「特定運送委託」の追加です。
これは、製造・販売に必要な運送を委託する取引を新たに法の対象としたもので、荷待ちや荷役の無償対応といった物流現場での不公正な慣行を是正する狙いがあります。
製造業やIT業に限らず、運送・倉庫・物流業界もこの改正の影響を受けることになります。取引慣行の見直しと、契約内容の再確認が求められる分野です。

3章 新たに追加された禁止行為

今回の改正では、従来の禁止行為に加え、3つの新しい禁止行為が追加されました。
これにより、違反項目は全部で11項目となります。いずれも「価格転嫁を阻害する行為」を防止するための重要な改正です。

 

 価格協議を拒む行為の禁止

最も注目されるのが、価格協議義務化です。中小受託事業者(受注側)が原材料費や人件費の上昇を理由に価格の見直しを求めた場合、委託事業者(発注側)は協議に応じ、必要な説明を行わなければなりません。
これを無視したり、形式的な対応で終わらせたりすることは一方的な代金決定として禁止されます。
たとえば、「今は忙しいから後で」などと繰り返し協議を先延ばしにしたり、「値上げは一切認めない」といった態度で話し合いを拒む行為も違反に該当します。価格交渉を誠実に行い、その記録を残すことが今後の実務では欠かせません。

 

 手形払いの禁止

次に、手形などによる支払いが原則として禁止されます。
受注者が代金を現金化するまでに時間やコストがかかる支払方法は、「支払遅延」とみなされる可能性があります。
手形のほか、電子記録債権やファクタリングなども、支払期日までに満額の現金を受け取れない仕組みであれば違反となります。これにより、企業は銀行振込など現金化可能な手段への移行を迫られることになります。

 

 振込手数料を負担させる行為の禁止

最後に、振込手数料の押しつけが明確に禁止されます。
委託事業者が振込手数料を受注者に負担させたり、代金から差し引くことは「不当な減額」として違法になります。
たとえ事前に合意していたとしても、最終的に受注者が満額の代金を現金で受け取れない場合は認められません。
やむを得ず手数料が発生する場合には、委託者側がその分を補填する必要があります。

これらの新ルールはいずれも、取引の透明性を高め、中小企業がコスト上昇分を正当に価格に反映できるようにするための仕組みです。実務では、契約書の条項や支払いフローを見直し、協議内容の記録・保存体制を整えることが重要になります。

4章 契約・支払実務の見直しポイント

改正「取適法」では、委託事業者(発注側)の実務対応がこれまで以上に重要になります。単に禁止行為を避けるだけでなく、契約・支払・社内ルール全体を見直す必要があります。まず、最も基本となるのが契約書の全面的な改訂です。
従来の契約書には「手形による支払い」や「価格交渉に関する定め」がない場合が多く、改正後はそれらの条項を削除・追加しなければなりません。特に、「価格協議条項」を明記しておくことで、協議実施の根拠を明確にし、トラブルを防ぐ効果があります。

 また、電子書面交付への対応も実務上の大きなポイントです。これまで書面で交付していた発注書や納品書などは、改正により中小受託事業者の承諾がなくても電子メール等での交付が可能となりました。この変更は、取引の効率化やDX化を進める好機といえます。さらに、価格協議や支払交渉の記録化も欠かせません。協議内容・交渉経過・合意事項を電子データやメールで残し、少なくとも2年間は保存する体制を整える必要があります。これにより、後日トラブルが発生した場合でも、誠実な対応を証明できるようになります。

最後に、報復措置の禁止にも注意が必要です。改正法では、公正取引委員会や中小企業庁だけでなく、国土交通省などの事業所管省庁へ通報した場合にも、取引停止などの不利益な扱いを行うことが禁止されました。内部通報制度の整備や、社員教育の見直しも検討すべきポイントです。

 

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5章 業界別対応と今後の実務

今回の改正では、公正取引委員会や中小企業庁だけでなく、経済産業省・国土交通省などの事業所管省庁にも指導・助言の権限が与えられました。これにより、業界ごとの実態に即したきめ細やかな行政対応が可能となります。

たとえば、製造業では、部品や資材の価格上昇をどう転嫁するかが最大の課題です。価格協議条項の整備だけでなく、サプライチェーン全体で「適正な価格転嫁」を促す社内ルールの整備が求められます。IT・クリエイティブ業界でも、システム開発やコンテンツ制作などの委託契約が多く、納期や修正対応をめぐる不当な減額がトラブル化しやすい領域です。
改正取適法では、従業員数基準の導入により、これまで保護対象外だった中堅企業も法の対象に含まれるため注意が必要です。 

そして、最も大きな影響を受けるのが物流業界です。新たに「特定運送委託」が追加されたことで、荷待ちや荷役の無償対応といった慣行が是正対象となります。契約内容や運送条件を見直し、業界標準と照らして法令適合性を確認しておくことが不可欠です。いずれの業種でも、改正内容を単なる法対応で終わらせず、取引の透明化・信頼性向上のチャンスとして活かす視点が重要です。

 

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まとめ

「下請法」から「中小受託取引適正化法(取適法)」への改正は、単なる名称変更ではなく、取引のあり方そのものを見直す大改革です。特に、価格協議義務化、手形払いの禁止、振込手数料の負担禁止といった改正は、中小企業の資金繰りや価格交渉の現場に直結する重要な内容です。施行日は202611日。それまでに、契約書や支払条件、社内の承認フローを点検し、改正内容に適合させておく必要があります。また、違反時には是正指導や勧告の対象となる可能性があるため、
「従来どおりで問題ない」と安易に判断するのは危険です。この改正は、取引の公正化と中小企業の健全な成長を支えるための第一歩です。早めに法務・契約体制を整備し、安心して取引できる環境を築いていきましょう。

不明点や具体的な契約見直しについては、ぜひ専門家へご相談ください。

 

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