2025年06月09日
今回は、2022年に成立し2025年6月1日より施行された「拘禁刑」の解説をしていきます。ニュースなどでよく耳にする懲役刑や禁固刑がこらからどう変わっていくのか。実例も交えて解説致します。
※法務省からのご案内はこちらから確認できます。
▼今までの刑法
これまで、日本の刑法における主刑には「死刑」「懲役」「禁錮」「罰金」「拘留」「科料」がありました。このうち、受刑者を刑事施設に拘置する刑罰として、「懲役」と「禁錮」が存在していました。
- 懲役(ちょうえき):刑事施設に拘置し、所定の作業を行わせる刑罰です。
- 禁錮(きんこ):刑事施設に拘置しますが、作業は義務付けられない刑罰でした。
▼法改正後、「拘禁刑」の導入で何が変わるのか?
今回の刑法改正の大きな柱の一つが、従来の「懲役」と「禁錮」を廃止し、新たに「拘禁刑(こうきんけい)」を創設することです。この「拘禁刑」は、無期と有期(1ヶ月以上20年以下)があり、刑事施設に拘置する刑罰である点は従来の懲役・禁錮と同じです。
しかし、最も重要な変更点は、「拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる」と明記された点です。これは、単に作業を義務付けるだけでなく、受刑者一人ひとりの特性や改善更生の必要性に応じて、より柔軟な作業や指導を通じて、社会復帰を促進することを目的としています。
横領罪に関する刑罰も、この改正により「拘禁刑」に置き換わります
▼刑法改正の狙いと今後の展望
「拘禁刑」の導入のほか、刑の執行猶予制度の拡充や更生緊急保護の充実化なども含め、犯罪をした者の特性に応じた処遇を充実させ、再犯防止を図ることを目的としています。
政府は、拘禁刑の創設を踏まえ、刑事施設における処遇調査を充実させ、少年鑑別所の調査機能を有効活用することで、個々の受刑者の特性をこれまで以上に的確に把握し、その特性に応じた柔軟な処遇を推進する方針です。
このように、刑罰は単に罰を与えるだけでなく、受刑者が社会に戻った際に再び罪を犯すことのないよう、個々の特性に応じた改善更生を支援する方向へと進化しています。
ここまでは刑法に関する法改正について解説して参りました。ここからは、業務上横領が発生した場合の「懲役」「禁錮」「拘禁刑」の関係と実際に刑事告訴まで進んでいく流れを見ていきましょう。
【事例紹介】従業員が会社の保険契約を個人で横取りしたケース
ある不動産会社では、営業担当の従業員が、会社名義で進めていた保険商品の商談を、最終段階で突然「会社ではなく、自分個人で契約する」と持ちかけ、保険契約を締結。代金も自分の口座に入金させていました。
結果として、会社は想定していた利益を失い、顧客からの信用も大きく損なうことに。内部調査で判明し、刑事告訴と民事訴訟に発展しました。
▼業務上横領罪の成立要件
会社から業務として保険契約を任されていて、会社の利益のために契約すべき立場であったにもかかわらずその権限を悪用して、会社に帰属すべき財産(契約・金銭)を自己のものとして処分した場合、このような行為は、以前は懲役1年以上10年以下とされていましたが法改正後は拘禁刑1年以上10年以下となります。加えて、民事上も損害賠償請求(不法行為・債務不履行)の対象となります。
▼企業がとるべき対応策
こうした業務上横領に対して、企業は以下のような段階的対応をとることが重要です。
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事実関係の調査
・契約書、メール、メッセージ、入出金記録などを早期に確認する
・社内の関係者へのヒアリングを慎重にかつスピーディーに実施
・客観的な証拠の収集を最優先に行う
※この段階で、証拠の破棄や隠蔽を防ぐために、弁護士と連携しながら慎重に進めるのが望ましいです。
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弁護士による法的評価と対応方針の決定
・業務上横領として刑事告訴すべきかどうか
・損害賠償請求や懲戒解雇の手続きは可能か
・売買契約の巻き戻しや第三者(買主・売主)への対応方針も検討
弁護士の関与により、企業として「正当かつ合理的な対応」が取れるようになります。
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懲戒処分・刑事告訴
・客観的な証拠が集まり次第、就業規則に基づき懲戒解雇の手続きを進める
・管轄の警察署へ告訴状を提出(※弁護士が代理で行うことも可能)
・刑事手続きが進むことで、他の従業員への抑止効果も期待できます。
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損害賠償請求・仮差押などの民事手続
・業務上横領による損害額を算定し、本人に対して請求
・資産を持っている可能性がある場合は、仮差押・財産調査も検討
・内部通報制度の整備と実効性のある運用がカギ
今回のような問題を未然に防ぐためには、内部通報制度(ホットライン制度)の整備も効果的です。
▼ 効果的な通報制度のポイント
・社内だけでなく、相談ができるような外部窓口(弁護士事務所など)も設ける
・匿名での通報を受け付ける仕組みにする
・通報者が不利益を受けないことを明文化し、社内周知する
・通報後の対応フローや調査体制を整備する
このような制度を整えることで、社内の不正行為を早期に発見・対応できるようになります。
業務上横領を防ぐための社内体制チェックリスト
・ 契約権限・決裁権限を明確化し、社内文書で明記しているか
・ 高額な保険契約については複数人の承認制になっているか
・ 社内で「利益相反行為」の教育・周知がされているか
・ 内部通報制度が機能しているか
・ 定期的なコンプライアンス研修を実施しているか
まとめ:不正は見逃さず、毅然とした対応を
従業員による業務上横領は企業にとって大きな損害と信用低下をもたらします。
大切なのは、「証拠の確保」→「専門家による法的評価」→「迅速かつ適切な対応」というステップを冷静に踏むこと。
また、今後同じような事案を防ぐためにも、社内体制の整備と通報制度の実効性の確保が求められます。
警察から会社側に照会があった場合などについてこちらで解説しています。
【弁護士の一言】
企業と絡む犯罪というと、やはり業務上横領が一番思い浮かびます。少なくとも、企業にとって【懲役1年以上10年以下】とされていたのが法改正後は【拘禁刑1年以上10年以下】となっても、それほど、変化はないかと思います。実務家弁護士としては、今回の法改正をテーマに関連させてですが、横領対策のほうに注視して記事を読んでいただけると幸いです。「横領」は、企業内部で行われる犯罪ですので、なかなか防ぎづらく、複雑なスキームを取られると発見も遅れ、被害金額も高額になりがちです。あくまで横領対策は会社ごとに防止策も異なってくるかとは思いますが、本記事も一つの参考として呼んでいただけると幸いです。
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