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建設業界に迫る「2024年問題」 深刻な人手不足と倒産リスクに、どう立ち向かうべきか⁈

2023年09月15日

建設業界に迫る「2024年問題」

深刻な人手不足と倒産リスクに、どう立ち向かうべきか⁈

 

1)建設業界の「2024年問題」とは⁈
 建設業界では、翌年、2024年4月1日に控えている「2024年問題」についての対応が話題になっています。
 働き方改革の一環として、残業時間の上限規制が制定され、その制裁として刑事罰まで付された法改正がなされました。大企業では2019年4月1日から、中小企業でも2020年4月1日から施行されました。もっとも、「建設業」については、2024年3月末日までこの改正法の施行が猶予されていたのです。この猶予期間が終わることで、2024年度からは、建設業も残業時間の上限規制を遵守していかねばなりません。これが「建設業の2024年問題」です。

 「他業種では施行されている法改正なのに、なぜ、建設業だけ猶予されていたの?」という、疑問の声があるかもしれません。猶予されていた業種は主に、「建設業」・「運送業」・「医師」の三つで、いずれも業務の特性や取引慣行上の課題がある業種とみなされ、時間外労働の上限について猶予されていました。
 実際に、運送業のドライバーは長距離の貨物の移動を行い、途中で切り上げて終わることもできず、どうしても労働時間が長期化するという背景がありました。また、建設業についても、工期を守るために無理した長時間労働が行われるという慣行があったように感じます。
 いずれにせよ、そのような猶予期間も翌年3月末には終わってしまいますし、残業時間の上限規制には刑事罰まで付されていますので、各企業がどのように対策していくのかと非常に話題になっているのです。少なくとも現時点でも、労基署の動きは活発になってきているようで、あからさまにこの規制に違反していると、いずれ逮捕者がでるような事態になりかねません。

 

残業時間の上限規制と労働基準法の条文
(時間外及び休日の労働)
第三十六条
 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる
 ▶残業させるには、「三六協定(さぶろくきょうてい)」が必要

 

 第三十六条第4項
 前項の限度時間は、一箇月について四十五時間及び一年について三百六十時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間及び一年について三百二十時間)とする。

 

 第三十六条第5項
 ⑤第一項の協定においては、第二項各号に掲げるもののほか、当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、一箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間(第二項第四号に関して協定した時間を含め百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間(同号に関して協定した時間を含め七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。この場合において、第一項の協定に、併せて第二項第二号の対象期間において労働時間を延長して労働させる時間が一箇月について四十五時間(第三十二条の四第一項第二号の対象期間として三箇月を超える期間を定めて同条の規定により労働させる場合にあつては、一箇月について四十二時間)を超えることができる月数(一年について六箇月以内に限る。)を定めなければならない。
 ▶原則として、残業時間の上限規制は、1年間に360時間が上限、特別条項を締結していれば、1年間に720時間が上限になる。

 

第十三章 罰則
第百十九条 次の各号のいずれかに該当する者は、六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
一 第三条、第四条、第七条、第十六条、第十七条、第十八条第一項、第十九条、第二十条、第二十二条第四項、第三十二条、第三十四条、第三十五条、第三十六条第六項、第三十七条、第三十九条(第七項を除く。)、第六十一条、第六十二条、第六十四条の三から第六十七条まで、第七十二条、第七十五条から第七十七条まで、第七十九条、第八十条、第九十四条第二項、第九十六条又は第百四条第二項の規定に違反した者
⇒残業時間の上限規制に違反すると、「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」と刑事責任を問われる。

 

2)2024年問題対策 二つのアプローチ
(1)労務管理の厳格化
 弊所の経験としても、建設業では、工事現場等外部での勤務形態になることが多く、労務管理自体が緩やかな業種と言わざるを得ないかと思います。昔ながらの企業には、「残業代も含めた給与な。」ということで、月額給与とは高めだけれども、残業代について、しっかりと算定して支払っていなかったという企業も多々ありました。特に、「固定残業代」制度について、誤った認識である会社も多かったです。「固定残業代」制度とは、残業代が恒常的に生じることから、先に一定金額を固定残業代として支払う取り決めに過ぎず、この制度を用いた場合でも、しっかりと「労働時間」を把握して、その上で、「固定残業代」部分を超える残業が認められれば、追加で残業代を支払わなければならないのです。この点が見過ごされて、「固定残業代」制度を導入したものの、不十分な労務管理体制であるという企業は、相当数ありました。このため、建設業は残業代請求を含めた労使紛争に発展しやすい業種という印象があります。

 

 2024年問題に備えて、そもそもの労働時間の管理および残業代の支払い自体ができていない企業も多いので、この点の労務管理体制はより徹底していかねばならないでしょう。確かに、工事現場等外部での作業が多くなるとはいえ、近年は、勤怠管理アプリなども充実してきましたから、各社の労務体制に応じて必要なシステムや方法によって、労務管理体制を厳格化していくことが急務と言えるでしょう。

 

 今回の2024年問題においてポイントをまとめると、以下のよう上限規制とまとめることができると言えます。原則の範囲内でおさまれば特段問題ないのですが、これまでの建設業界の労働時間からすると、特別条項を利用して年720時間以内で対処しなければならない企業が多くなる見込みです。そして、ここで重要なのが、この特別条項を利用した上限規制を利用するためには、この特別条項を上限規制内で利用したと、明示するために、しっかりとした労務管理体制が整っていることが前提になっているのです。

 1、原則
   月に45時間、年間360時間

 2、特別条項を利用した場合
  ・年間720時間以内
  ・月に100時間未満
  ・月45時間を超えることができるのは、年6ヶ月まで

 

 中小企業における労務管理問題は、「上限規制」や「残業代支払い金額そのもの」というよりも、その前提となる労務管理部分の制度が整っていないこと、その体制を行うことのコストがかけられていないことが、中核的な問題なのです。
残業代でも類似の問題があったのでご紹介します。たとえば、残業代をきっちり支払うために、「分単位」での労働時間の管理が必要になります。そのため、毎日、従業員の労働時間を分単位で管理した上で、その上給与支払い時には残業代の有無を算定して給与と併せてしっかりと支払う必要があります。また、「労働時間」の概念自体も誤った認識の企業が多いです。たとえば、始業前のミーティングなどはその例です。8時30分始業のため、8時20分から毎朝朝礼を行っているとすると、労働時間は8時30分からではなく、8時20分からカウントするのが正しいのです。その他にも、従業員の移動時間や、電話などの待機時間なども、労働時間にカウントすべき場合も多く、労働時間の把握が、そもそも誤っている状態の企業も多いのです。

 

 恐縮ながら、中小企業の相談を多く受ける身としては、中小企業の会社が従業員を殊更自社の利益のために酷く扱っているというよりも、労働法制全体が、上場企業など、しっかりコンプライアンスを徹底している企業などを前提に組まれているため、労務管理自体に中小企業がリソースを割くことができていないのかなという印象です。
 とはいえ、労務管理の徹底は、国の方針、法律としても規制がある以上、泣き言をいってはおれず、労務管理にもリソースを割いて、経営していく姿勢が必須なのだと思います。

 

(2)業務効率化
 労務管理の徹底というのも、社労士・弁護士や会社との協力体制のもと、労務管理体制を整えていく必要がある業務改善という側面もあるのですが、そもそも「労働時間を長期化させない」ためには、業務の効率化に取り組まねばらないという視点も、非常に重要です。
 建設業の現場のイメージとしては、設計事務所による建物の「設計図書」≒“組み立て説明書”に基づいて、現場の職人さん、大工さんたちがチームになって、建物を組み立てていきます。もっとも、職人さんと一言にいっても、「水道関係」・「電気関係」・「床や壁の内装関係」・「骨組みとなる建物自体」などなど、各専門性の異なる職人さんたちが連携して作業を行っていきます。ここで、連絡ミス、連係ミスなどが起こると、●●職人さんが作業する予定だったのに、●●の仕上げが終わっていないから作業に入れないとか、建築資材に一部発注ミスがあり、●●の作業ができないなどの段取りミスによっても、簡単に工期が伸びてしまうことがあります。もっとも、注文者である施主との兼ね合いで工期を守らねばならず、無理をした残業、作業時間の長期化というのも度々起きてしまうのです。また、現場監督の方は、現場の作業や段取りを管理しながら、現場作業を終えると夕方には事務所に戻って、業務報告などを作成せねばならず、恒常的に労働時間が長期化しやすいという性質ももっています。
 業務の効率化というのは、企業ならどの業種でも、永遠の課題だと思いますが、特に2024年問題に備えて、長時間労働が必要になる現場の作業方法等自体を改善していくという課題に直面しているのです。

 

3)中小企業の職人確保の法務的アプローチ
“下請企業との取引基本契約”・“職人さんとの契約書整備”
 「2024年問題」という視点でみると、労働法制の問題と捉えがちなのですが、より建設業界の大きな視点では、建築に必須な「職人さん」・「業者の確保」という大きなテーマが見えてきます。
 令和5年10月1日からスタートする「インボイス」制度との兼ね合いからも、この点が話題です。この「インボイス制度」をざっくりとご説明すると、今まで免税事業者とされていた個人事業主の職人さんが、消費税の納入負担を受ける、すなわち手取り報酬が減るという制度です。そのしわ寄せが発注業者側にくるのではないのか、職人さん確保のために何をすべきかが、建設会社側の課題です。
 そもそも若い職人さんが減っており、職人さんを今後も確保することが課題だという流れの中、このインボイス制度を受けて、職人さん確保のために何をすべきなのか、特に常用の職人さんには雇用契約にて従業員になってもらうほうがよいのではないか、という職人さんを従業員といて雇用する流れがありました。一方、「2024年問題」を加味すると、雇用した職人さんたちを、残業時間上限規制の中で、業務を依頼しながら工期を遵守していく必要があります。

 前置きが長くなりそうなので、結論から入りますと、このようなインボイス制度や残業時間の上限規制の結果、職人さん及び下請業者側の受注価格が上昇するという傾向が生じてきます。また、職人さんが不足しているという背景事情も相まって、受注価格があがっても仕事があるという状況になり、頭を悩ませるのが、元請会社です。近年、このように職人さんや下請業者のニーズが高まっている反面、一度受けた仕事にもかかわらず、現場を放置して、むしろ元請会社に損害を与えてしまうような下請業者や職人さんが増えているのです。
 このような背景事情があり、最近多いご依頼として、今まで工事現場ごとに契約書のひな形で契約していたが、下請会社との基本契約書を整備しておきたい、というご依頼や、職人さんとは今まで請求書・発注書のみで仕事をしてきたが、きちんと取引基本契約書を締結して置きたいというご依頼が増えました。契約書を整備すれば、すべてのトラブルに備えられるというわけでもないのですが、「きちんと契約、完成させる仕事だという意識をもってもらいたい」、「一回きりの請求書・注文書の関係ではなく、継続的な関係であることを認識してもらいたい」というお声を聞くことが多いです。実際に、現場放置等をされるトラブルになると、代金をどのように清算するのかという問題も生じますし、そもそも元請会社は施主との関係で他の業者や職人さんを雇って工期に間に合わせる必要があり、非常に難しいトラブルが生じてしまうのです。そのようなトラブルを契約書にて、代金清算の方法や現場放置時の違約金を定めることで備えることができるのです。

 

4)まとめ 激動の建設業界の中で
 オリンピック景気と呼ばれるような2015年頃からも、工事現場が増加する半面、景気が良いどころか職人さんの単価が上り、破産するような建設会社もでるような不安定さがありました。その中、2020年のコロナショックにより建築資材の異常な高騰に加え、インボイス制度スタート、2024年問題と、さらに職人さんの確保等建設会社は苦境にたたされていきます。

 

 2024年問題や、インボイスの問題を少し混ぜてお話してしまったので、少し整理したいと思います。
基本的に建設業界については、

①施主・お客さんから、

②元請会社が仕事を受け、

③下請け会社に工事を依頼し、その下請け会社も

④専門業種ごとの職人さんに仕事を依頼する、という垂直構造になっています。

 

 インボイス制度というのは、

④職人さんの手取りが減るので、

その反動として、③下請会社、

いては②元請会社の負担が増えるのではないか、

併せて職人さんを確保するのが難しくなるのではないか、という問題です。

 

また、2024年問題は、②元請会社ないし③下請会社などで働く現場監督さんの労務管理を徹底しなければならないため、②元請会社の負担が増えるのではないか、ひいては①施主・お客さんの工事代金の増額や工期の長期化などに影響がでるのではないかという問題とも整理できます。

 このような中、建設会社として生き残るためには、労務管理体制の整備に加えて、業務の改善に真摯に向き合っていかなければなりません。また、建築を依頼する施主の立場からは、このような苦境の中、しっかりと組織体制、経営体制が整備されている信頼業者をみつけていかないと、今年にも大きな倒産事件がありましたが、依頼した建設会社が倒産するといったトラブルにも巻き込まれかねません。
 施主、元請、下請、専門業者、職人さん、それぞれの立場から、この激動の建設業界の中を生き抜くために、工夫と信頼できる方を見つけるということが、より大切になっていくのでしょう。

 

【文責:弁護士 山村 暢彦】